僕は小学生のときに先生が剣道形を披露するために持ってきた模擬刀を一度だけ持たせてもらった事があります。
小学生、特に男子にとって刀は憧れで魅力的なんですよね。
先生から模擬刀を渡されたとき、緊張しながらもわくわくして手に取りました。
「へ〜、これが模擬刀かぁ。結構重いんですね。」
「そうだな〜、私のこの木刀と同じくらいかな?!」
「先生の木刀と同じくらい?」と言って先生の木刀を持たせてもらいました。
「う〜ん、そうかなぁ・・・。先生の木刀よりも模擬刀の方が重く感じるなー。それに模擬刀って鉄とかでできてるし、やっぱり模擬刀の方が重いですよ。」と僕が言うと、先生は「そんな事は無いよ。模擬刀も木刀も大体同じぐらいの重さのはずやで。」と説明してくれました。
しかし、それでも疑っている僕に先生は
「模擬刀と木刀ではこごろーの心の持ち方が違ってるからじゃないんかな。模擬刀を大切に想っているから緊張して重く感じるんやで。」と言ってくれました。
実際に模擬刀と木刀が同じ重さかどうかは今となっては定かでありません。もしかしたら模擬刀の方が重かったかもしれませんね。例え同じ重さであっても、刀の重心が違えば感じる重さも違ってきます。しかしながら、先生が言ってくれた『心の持ち方によって違ってくる』という考え方は全くその通りだと思うのです。
人とは心の持ち方によって言動や態度が違ってきます。礼儀一つ取ってもその人の相手への想いが見えてきます。尊敬している先生や先輩方に礼をする時は丁寧に心をこめてするでしょう。しかし、道場に入るときや出るときの礼では、形式の一つとして軽い礼をしている方もおられるのではないでしょうか。礼は礼です。ただ、礼をする人が、時と場合によって礼の意味を変えてしまっているんですね。
剣道ではどんな時でも、心の持ち方に対しても一つひとつ真剣に取り組むことを重んじます。礼だけでなくその人の姿勢や言葉使いなど、一つとってもそうなんですね。
剣道を習った人が礼儀や姿勢などが良くなると言われるのはこういうところからではないでしょうか。そして、これらは普段の日常生活でも大切なことだと言えると思います。
今、テレビなどのメディアでは、時代が変わった、価値観が変わった、能力主義だ、結果が最も大事なんだ、と言われています。そう、確かに僕も大きく変わってきていると思います。しかし、最も基本的な部分は、人がどうあって、どう感じているかではないでしょうか。インターネットが発達して現代人の生活が変わったとしても、結局はこの人というベースの部分がしっかりしなければならないのです。
剣道のいい所はそういったところもしっかり学べるところなんですね。そして、今社会で最も求められているところだとも思うのです。
僕が最も学んだことはこの『人』の部分です。剣道を教えてくれた先生や先輩方、そして両親にも感謝しなくてはいけませんね。
つづく

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